2016年9月27日火曜日

旅人となった日

絵本コンテストに応募しました。
絵は、イマイチですが文と一緒に見るとなんとかですかね。。。w
描く時間がなく(言い訳ですが。。。)、でも応募したかったので今まで描いた作品をなんとかこじつけまして11ページの絵本が完成しました。
文は、妹です。
良かったら、読んでください。

その人は、深い悲しみに心をとらわれていました。自分の命より大切に想っていた人を、永遠に失ってしまったからです。前のように1日を過ごそうとしても、ふとした瞬間に冷たい風が胸に吹いてきて、息が止まりそうになるのです。


ある日、その人は誰にも知られずに、一人きりで出発しました。行く先はどこか遠いところ。遠いところへ着いたら、もっと遠くへ。その日から、その人は旅人となりました。


海辺を歩きながら、旅人は思いました。
『前にも海へ来たことはあるけれど、風の匂いも、波の音もどうやらまるで違うようだ』


今度は山へやってきました。いつかあの人と一緒に見た素晴らしい景色です。でも、今は、どこか別の世界のもののようで、なんだか怖い気持ちになるばかりでした。
それは、あの人のことを思い出せないせいだと旅人は思いました。


旅人は、そんな自分が許せませんでした。むしろ自分自身こそが、遠い世界の知らないもののようでした。
食べることも寝ることも忘れ、ひたすら歩き続けていると、周りの景色も遠いものに感じて来て、いつしか目に入ってこなくなりました。そして、気付くと旅人は雲の中にいたのでした。


『自分が雲の中にいる』と気が付いた途端、突然雲の底が抜け、旅人は落ちていきました。旅人は覚悟を決めましたが、地面はやわらかく旅人の体を受け止めました。
そこは、雲の町でした。雲でできたふわふわした地面があまりに面白くて、旅人は思わず微笑みました。
でもすぐに何かに気付いたようになり、かなしい顔に戻りました。


雲の町の住人は、旅人をあたたかく歓迎しました。旅人はしばらく雲の町で過ごすことにしました。雲の町は、時間や季節によって町の様子が変わり、野原になったり森になったりするので、もっと見てみたいと思ったのです。
住人の中には、同じように大切な人を失ってやってきた人がいて、すぐに仲良くなりました。多くはお互いに語りませんでしたが並木道を並んで歩いたりする日々は、旅人の心をあたためました。


しばらく経ったある日、りんごの収穫を手伝っているときのことです。旅人は、みんなで一生懸命に集めたりんごのかごを、うっかりひっくり返してしまいました。大量のりんごが丘をごろごろ転がっていきます。旅人は怒られると思って身を小さくしましたが、みんなはりんごが転がる様子を見て、とても面白そうに笑っています。それを見て旅人も声を出して笑いました。
何年振りかに聞く、自分の笑い声を聞いて、自分は自分を思い出した、と旅人は悟りました。


次の日、旅人は雲の町を去ることを決めました。
帰り道には、草原の中に白い花が点々と咲いていました。この花はあの人が大好きだった花でした。もう旅人の心には、あのときの息もできないような苦しい風は吹きません。
思い出そうと思っても、もうそこにはないのです。
旅人の目から涙がこぼれました。あの人と自分をつなぐ最後の絆が、切れてしまったように思ったからです。
でも、それでいいのだ、と心を決め、地上へと降りていきました。


元の山へ降りていくと、空には満点の星空が広がっていました。
不思議なことに、ここで星を見上げているのは、自分一人ではない気がしました。
今はもう、ありありと思い出せます。あの人の笑い声も、繋いだ手の感触も。


旅人は、ふるさとへ帰ってきました。町はクリスマスの用意で大忙しです。
『家へ帰ろう。帰って、また家族でご飯を食べよう。クリスマスをみんなでお祝いしよう。いつ、どこにいても、微笑んでいる私たちの中にあの人の笑顔はあるのだから。』
旅人は、ゆっくりと家のドアを開けました。


おわり。